忘れられない瞬間を 集めて

140文字には収まらないKis-My-Ft2の7人や藤ヶ谷さんについての思ったことを載せていきます。時々他にも好きな方のお話をするかも。

ドン・ジュアンのおはなし

大変今更ですが、ミュージカル『ドン・ジュアン』の9/2昼公演を観劇しておりました!


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爽やかな青空とポスターの毒々しさのギャップがたまらなかったですね…笑

 

Googleドキュメントに壁打ちして力尽きてしまったものを、勿体ないかなーとふと思い、整えて掲載してみました。

筆者の感想と解釈とが大いに混ざっているので、解釈違い!といったことがあればさらーっとスルーしていただければ幸いです。

あの魅力的で、罪深くて、そして愛おしいドン・ジュアンと、素敵な舞台の思い出を書き留めておきたいと思います😌

 

 

まず観終わって最初に感じたのは、様々な形の愛があるんだろうなと。ドン・ジュアンの真っ直ぐで純粋で命さえも捨てられるような、それだけで満たされる愛だけでなく、ドン・ジュアンとその女たちとマリアとを憎み、ラファエルを決闘へと向かわせたエルヴィラの「蛇に噛まれた」愛も、ドン・ジュアンと彼に巻き込まれていった人たちの幸せを願い行動し続けたドン・カルロの愛も、息子の道徳的な正しさよりも恥じずに名を継いでくれる存在であることを望み、最後まで大切に思い続けたお父さんの愛も、ある意味共有財産とでも言うようなドン・ジュアンの存在を愛し求めていた娼婦たちの愛も、みんな愛。


ちょこちょこ感想で見かけていた「私もドン・ジュアンに抱かれたい!」とは個人的にはあまり思わず、むしろ何と言うか、可能なら乳母辺りになって、彼に惹かれていった女性たちに愛されるのとは違う、包み込むような愛を教えてあげられたら彼の運命はきっと違ったものになっていたのではないかなと思いました。がやさんもパンフレットで言ってたけど、ドン・ジュアンは母からの愛を知らず、死んだ時や決闘の時には身を案じて祈っていたので父親からも愛されていたのは明白なのに、多分それはうまく伝えられず伝わらず受け取れていなくて、だけど多分見た目と全てを持っている貴族というステータスと、テクニックなどなど女性たちを惹きつける天性で魔性の雰囲気のようなものがあって、きっと自分から求めなくても女性たちが次から次へ寄ってきたから、愛とか愛する愛されるとか大切にするとか、簡単に捨てられた女性たちはどう思うかなんてことは何も考えないうちに、その簡単で身軽で自尊心や欲に応えてくれる関係に溺れてしまったんじゃないかなと思います。だからイザベルが彼が死んだときに言っていた「かわいそう」っていう言葉にはすごく共感しました。

なので呪いとはいえ、マリアに出会えて愛して愛されて、何よりもまず愛というものを知って、あんな風に幸せいっぱいの笑顔になってくれてとっても良かったなと思います。

それまでのドン・ジュアンは、女性たちに言い寄られても口の端を上げて待ってましたと言わんばかりに取り込んで?いくだけで、クモのように(という例えが正しいのか分かりませんが)待ち構えて、来た者のことは全て吸い取っていくようなイメージでした。一晩経つかその他の女性に興味が向くとあっという間に冷たくなって、確か後半に「誰も俺を満たしてくれなかった」みたいなセリフがあったけど、何だろう、求められるだけの愛を囁いて好きなだけ吸い取って相手を本気にさせてしまうこともあるのに、どこか単調な作業的だったのかな…。

 

一番心に残っているのはマリアと結ばれるシーンです…いや神聖でした、あれを眼福と言うんだなと思いました…宗教画の隣に並べられるような神秘がありました。

『MARS』のキラちゃんとのシーンが二人の心が通じあった幸せに満ちてて個人的に大好きなんですが、それとはまた違って、確かにただただ2人の互いを思う柔らかく優しい空気と幸せに満ち溢れているんだけど、全然生々しくはなくてむしろ清らかで、そういう雰囲気に見せていることがまずすごく素敵な演出だと思ったし、他の言い寄ってくる女性たちと過ごす夜や雰囲気とはきっと全然違うんだろうなっていうのが、そういうシーンはここだけなんだけど自然と感じられて、ひたすら感動しておりました…。

まず舞台が暗い(多分夜であることの表現)状態から上半身裸のドン・ジュアンと寝間着姿のマリアが登場してきて、暗い空間に手を繋いだ2人の肌がぼんやり浮かび上がってるところからもう良いんです、当時は電気とかなかっただろうから(間違っていたらすみません)そういう点も意識してるのかもしれないな…。そこから2人がベッドに横たわるまでをあまり細かくは覚えていないんですが、純白の布とミューズたち(彼女たちが最初に登場したシーンではそんな感じに見えました、もしかしたらキューピッドとか、あるいは幸福を表す精霊みたいな存在かもしれないです)に囲まれて2人が寄り添って眠るのは、とても神聖できらめいていて、ずっと見ていたいというかずっとそうして幸せに満ち溢れた2人であって欲しいと思いました。

眠るドン・ジュアンはメイクのイメージもあるんですが、安心して母親の膝で昼寝をする女の子みたいにも見えて、そのまっさらな雰囲気でいられる場所と出会えて良かったね…と思ったし、2人の互いを慈しむ視線や動作がとても良かったです…。


印象的なシーンで言うと騎士団長の亡霊の禍々しさというか呪い感(語彙力)もすごかったな…。

「復讐を果たせばこの苦しみはなくなるのか」ってエルヴィラとラファエルが歌っていた時、それまでは他のパートの時みたいに操るような動きでいいぞいいぞ!って感じで火に油を注いでいたのに、一転苦しんでいるような動きになって、それはきっと騎士団長の亡霊にとっても痛い言葉だったからなんだと思います。

その他、エルヴィラの心を噛み、嫉妬に取り憑かれて決闘しか見えなくなったドン・ジュアンを導き、一緒に歌い、踊り、重なり合ってさらにその思いへと取り憑かせるようにしていく動きは、(私がだんだん意識できるようになっただけかもしれないんですが)そのコントロール感とか、例えば階段を降りてくる時の不安定で禍々しい感じとかがどんどん増幅していくように感じられてすごかったです(語彙力)。


ただ、彼を愛へ導き、愛とは何かを知らせて、ラファエルとの決闘の時にはドン・ジュアンに本当に倒さなければならない相手は誰か考えさせたりと、ドン・ジュアンの心や、さらに言えば人を変え(亡霊に決闘中「お前は生まれ変わってなどいないんだ!」って言われてたけど)成長させるのに大きく貢献しているし、亡霊の行動があったからこそドン・ジュアンは愛の素晴らしさにあんなにも満たされたとも言える気がしたんですよね…。だって1幕では笑顔になる瞬間なんて微塵もなかったのに、愛を知った後マリアとあんなにも心から幸せそうに笑って触れ合って、幸福のオーラで満ちていたじゃないですか!呪いが皮肉なことに救いにもなったような…

とは言え、決闘の時に自分なんだという結論にたどり着かせたことで亡霊は最終的に彼を自ら破滅させるところに持っていったわけですし、愛そのものとその幸福を分からせてからでなければ本当の意味で愛で苦しめることはできないからなのかな、ともかく「真実の愛でお前は死ぬ」って言葉通りになったので、亡霊からすれば呪いであったことは確かだと思います。ただ個人的にはイザベルのように1幕のドン・ジュアンがかわいそうに思えて、愛を知ってくれてよかったと思う身からすると、亡霊様様でもあるなと。

少なくともエルヴィラに取り憑いたときとかは心の中の悪魔とでも言うような、人の心の中に芽生えたマイナスの感情を助長させる存在なんだなと感じたので、決して良心による行動じゃないってことは分かってるんですが…。まとまらなくてすみません。


そして冒頭から思っていたことを…衣装が魅力的!! 品がある!と思う衣装に初めて出会いました。

ドン・ジュアンが騎士団長の娘を虜にするシーンで脚を上に開脚させる時に、あんなにとろんとしたワンピースなのに真ん中でぱっくりズボンみたいに分かれるんですよ、全くいやらしくなく、むしろその脚の動きを魅力的に見せて彼女がドン・ジュアンによって女になっていくかのように魅せているのにめちゃめちゃ感動しました✨

その後の踊り子さん(多分アンダルシアの美女?)の衣装はスカート部分が簾みたいになってるんですが、激しくひっくり返るような動きにも対応できて、なおかつスタスタ歩くだけでも自然とスリットができて、ダンサーさんたちを恋人同士に見立てて男女2人ずつ後ろで踊るような曲の中ではなかなか激しい絡みも多かったんですが、見えてしまうようなことが一切なくて驚きました。

というのも、以前ディズニーのショーでダンサーさんのいわゆる見せパンが見えちゃった時がありまして、決して下品ではなかったんですがちょっと現実に意識が戻るような感覚になったので…

なので『ドン・ジュアン』で、衣装の役割は今まで意識していたような暗喩(例えばドン・ジュアンの服が真っ黒だったのがマリアと出会ってから白いシャツにベストみたいになって白が増えたのは、その心の変化を表してるからかな…といったこと)だけではなくて、作品の世界観を保つというか、現実に戻る隙を作らないものでもあるんだなと思いました。

パンフレットで見たら衣装の担当は宝塚の方で、私の憶測が正しいかは分からないのですが、衣装でこんなに感動させられるって宝塚ってすごいですね…役者さんや演出にとってもパーフェクト配慮…(?)

特に好きだったのはまず冒頭から登場していた女性ダンサーさんたちの赤いワンピースです。綺麗に裾が広がるお洋服大好きなのであの裾がとっても良かったのと、その布のたっぷり感を活かしてカーテンみたいにしていたり、戦場のシーンでは負傷して倒れた兵士たちをスカートで包んであげていたのが血のように見えて衝撃的でもあり、安らかに眠らせてあげているのが凄く感動的でもあり、美しさと実用性を兼ね備えているのに驚きました。

さらに個人的な好みを言わせてもらうと、背中のプリーツが効いていたドン・カルロ上着は演者さんのスタイルの良さを引き立てていて、マリアちゃんはエプロンのシルエットが可愛くて、脱いでからの服はスカートが色の違う布でプリーツみたいになってるのもまた可愛かったですね…。ドン・ジュアンの真っ黒スタイルの時に腕の部分が透け感のある布なのも好きです☺️

 

続いては各お役の話を。

ドン・カルロはエルヴィラのドン・ジュアンを一途に愛し続ける姿に惹かれたことに限らず、マリアとか女性に優しい人。ドン・ジュアンにも女性たちにも間違っている時は止め、諭し、女性たちにとって辛い場面では盾になって見えないようにしてあげて、そういう女性への優しさとかきちんと言えるところがどこかがやさんみたいだなと思いました。


一方ドン・ジュアンは、ダンスの中で女性たちを誘惑するように腰をひねる動きがとっても良いなと思いました…。

個人的にこれまでキスマイさんが曲中でやってきた腰振りは見せつけるというか、こういうのが好きなんだろ?って煽ってるみたいな雰囲気がちょっとある気がしていたんですが、今回の腰のダンスは自然かつドン・ジュアンの持つ色気を体現して観客も誘われるような動きでもあって彼を魅力的に見せる意味でもとても良いと思います…。

彼の人となりについて言うと純粋さっていうのがあって、前にも触れましたがドン・ジュアンは母の愛を知らずにきて、しかも何をするでもなく女性たちを惹きつけてしまうこともあって恐らく愛なんていらないと思ってると思うんですよね…失うのが怖いみたいな臆病さも含んだいらないだと思うんですが…。がやさんも2幕の彼をどれくらい好きになってもらえるか、みたいにパンフレットで言ってたけど、それが純粋さなんだって理解して感じられるようになる2幕のドン・ジュアンの方が好きというか、味方になってあげたい感じが個人的にはありました。だって愛するっていう感情に戸惑ってたのもそうだけど、一番印象的だったのは嫉妬の感情が分からなかったことですよ…。そんな事が!と思うけど、でも確かに愛は心地よい感情だからともかく、嫉妬はどうしようもないイライラとか憎悪みたいな感じがあるから、確かに戸惑うのかも…。いや、守ってあげたい…(??)

ただ、愛の素晴らしさに気づいて改心するほどだったのは良かったんですが、朝を迎えたベッドで、私たちのことを誰も祝福してくれないって心細そうなマリアに、「俺は彼らを許そう!」って言うのはちょっと改心されすぎというか傲慢というか…そこで許す側じゃなくて許される側として反省できれば、皆からの信頼も少しは取り戻せたのかなとは思いました。

 

それからマリア。

戦場に発つ前のラファエルとマリアのシーンで、結婚するしマリアの手がこうして傷つくのは嫌だから建築の仕事はやめてほしいって言うラファエルに、でも私はこの仕事が好きなのってマリアが返すので、ラファエルはやりたいなら続けても良いよって言うんだけど、結局家族も増えるから…みたいな話になったのは、マリアに感情移入して苦しかったですね…。

作品を作ることをどんな風に捉えるかはもちろん作家さんによってよりけりなんですが、個人的には芸術は話すことと同じような表現方法の1つだと思っているので、(まあこの頃だとスペインと言えど芸術家は職人に近いものなのでまたちょっと変わってはくると思うんですが…)だからこそ作家が作りたいと望んでいるのにできなくなるのは辛いだろうなと…。ただ、手が傷つくのは嫌って言ってくれるのは恋人を大切に思う気持ちの表れだと思うので、ラファエルは決してマリアを自分の好きに動かそうとしているわけではないと思うけど、マリアの気持ちを思うとラファエルのことは好きだし、思われている分余計に、でも好きな彫刻はやめなきゃいけないのかな?って板ばさみになるんじゃないかなと思いました。

だからこそ、ドン・ジュアンとの出会いが運命の恋だったっていうのも大きいとは思うんですが、もしかしたら、ラファエルに対してドン・ジュアンの「彫刻と真剣に向き合っている君が美しかった」って言葉も、ありのままの自分で良いって言ってもらえたように感じて気持ちが傾いた要因なのかなと思いました。

付け加えて言うと、ドン・ジュアンはマリアに「この彫刻どう思う?」って言われても「分からない」って言ってたのに、そんな言葉が出てくる感覚は、既に恋に落ちていたからかもしれないけど、個人的にすごく羨ましいというか素敵だなと思いました。あとマリアの「思ったことを素直に言って」ってセリフは、ドン・ジュアンみたいに芸術は分からないって思ってる人にそうやって気軽にただ見て何を思ったか、考えたかで良いんだよって見方を伝えるのに素敵な言葉だなとちょっとハッとしました。すいません、余談です…。


そしてマリアを演じていた蓮佛さんの演技も、とっても良いな…と思いました。

特にそれまで出てきたドン・ジュアンを取り巻く女性とは違うまっすぐで純粋な感じ。エルヴィラもまっすぐにドン・ジュアンを愛していたけど、彼の魅力にとりつかれてしまったのは他の女たちと同じで、行動はともかくその異常な感じ?は結局とりまく女の一人でしかなかったのかなと。マリア自身の人柄でもあるし芸術家としてでもあると思うんですが、そこをすごく魅力的に感じさせる力がありました。

他にも亡霊に取り憑かれたときに無表情に操り人形みたいになったり、でもその中でもどこか表情が悲しそうだったり、自分の心を簡単にラファエルから遠ざけてしまわせるほどの愛をまだ受け入れきれずにドン・ジュアンから両手に受けるキスに躊躇ったり、結ばれても、2人で幸せに満ちて迎えた朝でさえ、この関係をみんなから祝福されないと不安げだったりと、一筋縄にいかないマリアの繊細な感情の移り変わりを感じました。

確かラファエルとの決闘にしか目が向かなくなってる場面だったと思うんですが、ドン・ジュアンにかけた「私の目を見て!」ってセリフにはそれまでになかった悲痛な感じが漂っていて、もともとのキャラクターだけでなく、きっとドン・ジュアンのことも分かっているからとれる行動なんですよね…。

そしてドン・ジュアンが死ぬと、彼に寄り添い、抱き起こして口づけるのはただひたすらに愛していることが伝わってきました…。

マリアがドン・ジュアンの心を射止められたのは運命だからと言ってしまえばそれまでなんですが、もともとは彫刻を作り出す(マリアの場合は石の声に従って石に命を吹き込むとも言える)ために彫刻の石に向き合うように、彼の石のように冷たい心そのものに向き合いたいとまっすぐに求めたからなのかな…とも思ったり。

 

がやさんについて言うと、うーん、うまく言えないんですが、すごく大変だったんじゃないかなと思います。ミュージカルに沢山出演されている他の男性キャストの方のように声そのものの迫力があるわけではないけど、怒鳴りつけるシーンとかは思わずビクッとしてしまったし、発声とかが全然違うって話も確かしていたと思うんですが、プラス恐らく曲自体の難易度が高い中で、母音が残る歌い方は活かされつつ声の厚みもしっかり出ていて重ねて歌う時も全然負けていなかったし、マリアとハモって歌うところは綺麗で、想像するしかできないのですが、そこに至るのに沢山の時間や努力や葛藤のようなものがあったんじゃないかなと…。

それからドン・ジュアンの心境の変化だったり、踊りも普段のダンスとは全く雰囲気が違っていて、これから更に磨かれて変化していくんと思うんですが、新しい扉を開いたがやさんを見ることができて良かったなと思います☺

 

最後に、バラのお話を🥀

観劇前は舞台がスペインであることと、ドン・ジュアンの雰囲気に合わせてバラがビジュアル等にも使われてるんだと思っていたんですが、冒頭の歌の「全てを持っていたけどすぐそばにある大切なものに気づけなかった」「愛することを知らずに」みたいな歌詞を聴いて、もしかしたらそのものだけで魅力的で多くの人を惹きつけるけど、トゲで自らは人を遠ざけようとしているように、ドン・ジュアンを象徴しているのがバラなのかも!と気付きました…。(私が気付くのが遅いだけだったらすみません…あと間違っていても恥ずかしい)

なのでドン・ジュアンが死ぬシーンでバラが降ってきたのは、まさに「悪の花でも善の花でも散る時は同じさ」って歌を体現するようでもあったのと、花びらだけじゃなく花の塊でも落ちてきたのが生々しく、印象的な赤でした…素敵な演出でした…!

そうするとメインビジュアルも匂い立つような色香みたいなことだけじゃなくて、命を落とすことの暗示でもあるのかもしれないですね…🤔

それから私が見た公演では、ラストで大地が割れた奥にはけていく時にドン・ジュアンの後ろ髪にバラの花びらが引っかかっていたんです。偶然のアクシデントなんですが、なんというか、あのバラ=ドン・ジュアンと思うと、それが彼と一体化したようになっていたことや、ということはあれは悪の花なんですが、それが真っ黒なドン・ジュアンに一点色を添えていることとか…うまく言葉に出来ないのですが画としても美しかったし、見れて良いアクシデントだったなと思いました。

 

 

以上です!

ここまで読んでいただいて大変ありがとうございました🙇‍♀️
(コンサートでも毎度言っている気がするのですが衣装とかもっと詳しく見たいし、歌詞も分かった上で観たらより作品を深く味わえるような気がするので、円盤化を願っていきたいと思います…!)